2023.01.30(Mon)

photo: Saki

design: Miharu

text: NEJI

 

夢を言葉にすることの大切さ

 

「私事ですが、3年後のアテネオリンピックに出場します!」

若き水泳選手、宮下純一さんは高校での体育祭の選手宣誓で声高らかに夢を宣言した。「軽いノリで言ったつもりが、予想以上に応援してくれたんです。」と当時を振り返る。その時にかけられた期待が思っていた以上に大きく、自分の夢が他人のものでもあることを初めて自覚した。それが、オリンピックを真剣に目指すきっかけとなった。

2004年、アテネオリンピック出場は逃したものの、その4年後の北京オリンピックで夢を実現した宮下さん。夢を実現するには、未来から現在の自分を逆算をすることが大切だったと振り返る。オリンピックで代表に選ばれるには全国2位以上の結果を残さないといけない。そのためには、前年度で表彰台に乗っておく必要がある。そしてそのためには、現在表彰台に乗っている人が何秒の記録を残していて、いつまでに何秒の記録を出す必要があるのか。「そんな細く地道な目標を掲げて、日々クリアしていくことが大きな結果を残すための秘訣だと思います。」

 

 

目の前の選択を物差しで測る

 

「やっぱり、自分の好きなことを仕事にするのが幸せだと思うんです。だけど場合によっては、したくない仕事もあなたがやってくれることで多くの人が幸せになる。」

20代の間に水泳選手から転身し、現在はタレントやスポーツキャスターとして仕事をする。そんな中、「"できる宮下さん"って面白くないんですよね。」ローカルテレビのロケでディレクターからそんなことを言われた。ラーメンを食レポするときは汗水垂らしながらおいしそうに食べて、スケボーに挑戦する時は当たり前のように転んで…。そんなドジできれいじゃない姿は自分の望む姿ではなかった。それでも、「したいこと」と「求められていること」のバランスを見て、自らの意思で物事を選択することが重要だと語る。この考えは学生にとって就活する上だけではなく、日常に転がる学業やバイト、サークル…。小さな選択をする上でも使える物差しになる。

 

AT THE AGE OF  20

 

大学4年で初出場した世界選手権でのワンショット。大学生時代は学業と水泳に専念するため、バイトはあえてしてこなかった。日々の練習に加えて、教員免許を取るための教育実習に卒論の執筆。大学4年生が一番ハードで地獄だった。教育実習では授業の構成を練り実習に挑む傍ら、毎日2時間弱だけでも水泳練習をする。日々強化するためではなく、水の感覚を常に持つためプールに入ることを続けた。その中でもオフの時は水泳のことを忘れて、サウナに通ったり、土曜日の練習終わりにはカラオケに行ってお酒を楽しんだり…。オフの時間も全力で楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感動の瞬間を見逃さないで

 

 

宮下さんが小さいころから持っていた大きな夢。それは、国体に出場することだった。そんな国体が地元、鹿児島で開催されることに期待を寄せる。本来であれば2020年東京オリンピックでメダルを取り、活躍した選手たちが「かごしま国体」に出場する。そんな描いていた計画が、コロナ禍で思い通りにいかず悔しい思いをした人も多い。だからこそ、そんな紆余曲折も含めて、2023年かごしま国体に出場する選手たちの全力プレーを見られるというのは、偶然的な巡り合わせだと語る。若い選手たちが一つの大会、国体に向けてすべてを注ぎ込み、時には涙する姿も見ることができる。

「思いが詰め込まれた、一瞬の試合を見逃すのはもったいないですよね。」そのために、まず推しの選手を見つける。そしてその選手がどういった経歴で、どんな思いで鹿児島国体に臨んでいるのか調べる。そうして、観戦してみると「かごしま国体」に対する見方も変わってくるだろうと語る。その人が高いハードルを乗り越える瞬間を間近に見るだけでも、映画を見た後の余韻のような心に残るものがあるはずだ。

 

 

プロフィール
宮下純一
みやした・じゅんいち|
1983年、鹿児島市生まれ。5歳から水泳をはじめ、9歳のときコーチの薦めにより背泳ぎの選手となる。鹿児島県立甲南高等学校から筑波大学に進学、体育専門学群で学ぶ。2008年8月北京オリンピック競泳男子100メートル背泳ぎ準決勝でアジア・日本新記録を樹立し8位入賞。同400メートルメドレーリレーでは銅メダルを獲得。2008年10月、競技者として現役を引退。現在は、スポーツキャスター・タレントとして活動。
取材メモ
天文館で開催された、かごしま国体300日前イベント『KOKUTAI meets YOU フェスタ』の出演後にインタビュー。2023年かごしま国体への思いも踏まえ、宮下純一さんが20代に経験し、考えていたことをお聞きしました。
※本記事は燃ゆる感動かごしま国体・かごしま大会鹿児島市実行委員会とのタイアップ記事です。
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