8,000人以上の学生がいる鹿児島大学。
それぞれの学生の内には、それぞれの価値観や見方がある。だからこそ、鹿児島大学生それぞれの想いを言葉で紡いでもらいたい!
そんな想いから4月からの新企画として、エッセイ記事「KADAI LOG」の連載をスタートします。
第1弾のテーマは「僕/私の温泉ライフ」。
3人の鹿大生が「温泉」をテーマに自由に想いを綴ります。
遠い日の温泉でのこと
我が家はみんな温泉が好きだった。
湯之元、霧島、紫尾・・・休日はドライブがてら家族五人でよく温泉に行ったものだ。
助手席でカーステレオを牛耳り、DJ気分で音楽を流す兄、時折兄の選曲に口をはさみながらもくもくと運転する父、母にちょっかいをかけギャーギャー騒ぐ双子の兄と私、そしてそれをニコニコと受け流す母。車の中はいつもにぎやかだった。
はしゃぎ過ぎて少し疲れたころ、目的地である温泉に着く。券売機で大人2枚とこども3枚の券を買う。
そこからは父と兄たちと別れて母とふたりになる。いつもは兄たちというライバルがいるけど、温泉のなかだと母を独り占めできる気がして、私はその時間が好きだった。
一人一個のシャワーブースに母と横並びで座ってそれぞれ体や頭を洗う。一人で身の回りのことができるようになったばかりの幼い私は、シャワーを浴びながら、なんだか母と対等に肩を並べられたような、大人の一員になれたような気がしてちょっぴり得意気だった。
母の後ろをついていって、あたたかい湯船につかる。母と同じ大人の目線に立った気分でいる私は、「お肌がすべすべになるね」なんて言いながら母のとなりに並んでいた。
しばらくして、一人のおばあさんが私たち親子に話しかけてきた。
「いい天気ですね。今日はどちらから?」
「家族でドライブがてら、●●から来たんです。」「まあ!いいですね。この辺だと、あの場所がおすすめですよ。今紅葉がとってもきれいだから。」
そんな会話を聞きながら、恥ずかしがりやの私はろくに挨拶もせずもじもじと母の背中に隠れていた。さっきまでの得意気な気持ちは小さくしぼんで、母の背中が大きく見えた。
大学生になって実家を離れた今はもう、家族みんなで温泉に出かける機会は少なくなった。少し大人になった私は、今ならもう誰に話しかけられても世間話ができるくらいには成長したと思う。少しは母と本当の意味で対等に肩を並べられるようになっただろうか。
一人で温泉につかりながら、そんなことを想った。
文・はせがわ よう